中国の待機児童

中国の病院に行くと、女医さんをよく見る。
統計を調べてみると医師の約半数が女性と、20%弱の日本より遥かに女性の割合が高い。
そういえば、路線バスの運転手も女性が多いし、知り合いの中国人はみな共稼ぎだ。

奇妙な話だが、中国では女性が輝く社会がすでに実現されているということになる。

保育園に行く子供は都会のほんの一部で、子供の面倒は夫婦どちらかの親が見るのが当たり前になっている。
親と同居していない場合はどうしているかといえば、子供を実家に預ける。
民工(出稼ぎ労働者)だと、実家に帰るのは春節に一回の場合も多い。
年一回の親の帰りを待って、実家のある村で待機している児童が沢山いる。

そこまでして共働きする理由は二人で稼がないと暮らしていけないという生存環境の厳しさがある。
ひとたび病気になれば大金が必要とか、老後の保障が何もないとか。
つまり、生き残るために必要だから共稼ぎをやっているわけで、そこから子供の処遇を含めたすべての行動が始まっている。

中国という現実からわかることは「女性が輝く社会」は生存環境が厳しくなると実現するということ。
逆に日本の場合は生存環境が緩いから実現していないとも言えるだろう。

「公共の保育園に入れない」が日本では「待機児童」とされている。
もし待機児童をゼロにするとしたら、現在民間施設を利用していたり、そもそも利用していない潜在的な利用者の親も公共施設に行かせる。
公共施設のほうが安くて施設も充実。バックが国で安心。民間施設を使う理由が全くない。

公共施設のほうが優れている理由は単純に税金が投入されているから。
もし、税を投入せずに子供を預ける親にコストを全部回せば待機児童問題は無くなるのではないだろうか。
親も自分の収入と相談して、自分でみるか、親に預けるか、ある程度安い民間に入れるか、高コスト体質の元公共施設に入れるかという選択になるから。

公共施設で待機児童ゼロということは損得勘定抜きだから最適化は起こらない。つまり競争力が低下する。
老人に3万円ばら撒くより待機児童に資源を投入したほうが価値があるとおもうが、行政が何でもやるというのは無理があると思う。

隣に中国という大国があり、中国を含めた世界中の国との経済競争して日本は生活している。
その競争に負けた場合の「悲惨」を日本の人々は忘れてしまったのかもしれない。

中国には敗北が持つ生々しい恐怖が今も存在し、必然として中国の「待機児童」は生まれ、日本やアメリカとの激烈な競争に挑んでいる。
彼らは勝利するつもりだ。勝ってより豊かになるつもりでいる。

日本の「待機児童」の親に迎撃準備は出来ているのだろうか。日本の知恵が試されているわけだ。
知恵を必死に絞っているから、中国より今のところ生活水準が高い筈だから。